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下切駅(JR東海・太多線)〜失われし春の風景を想う…


下切駅(JR東海・太多線)。花を咲かせていない桜の木。

桜が満開の時期だが、下切駅の桜は
枝のままだ…

 岐阜県の多治見と美濃太田を結ぶ太多線の駅の一つ、下切駅は単線上に一面のホームがあるだけの無人駅と、典型的なローカル線の駅だ。この駅は、ホーム沿いに何本も桜が植えられている事で、この地方の鉄道ファンにはちょっとは知られた存在だった。

 桜が満開の時期、18きっぷで、ローカル線を巡っていた。下切駅では今頃、ホーム沿いの桜がちょうど見頃を迎えている頃なのだろうと思い浮かび、立ち寄ってみる事にした。
 しかし、いざ下切駅に着くと、期待していたような最も春らしい風景が目の前にあったのではなく、まるで、この駅だけ冬であるかのように、枝だけの桜の木が並んでるだけだった。
下切駅ホーム(美濃太田方から)

下切駅ホーム(美濃太田方)。
 東海地方の平野部では桜が満開で、下切駅周辺が名古屋と比べて、特に気温の差が大きい訳ではない。仮に、これから咲くにしても蕾はもっと目に付いていいはずで、もう散ってしまったとしたら、葉桜となっていたり、花びらが地面に落ちていてもいいはずだ。しかし、それらのような様子は無く、狐につままれたような気分になった。
 そんな気分になりながらも、私の頭の中では、もう一つの可能性を手繰り寄せていた。「この桜の木々達は死んでしまったのか」と…。
 心なしか、木々はしわがれ、活き活きとした生命力が伝わってこない。折れた太い枝が、落ちそうになりながら、皮1枚で木と繋がったまま、風にぶらぶらと揺れている様が、そんな印象を強くする。
僅かに花を咲かせていた。

よく見ると、花が咲いている部分もあった。
 だけど、よく見ると、複雑に伸びた多くの枝に埋もれるように、所々で薄いピンク色の花が咲いていた。違和感と不安に支配されながらも、桜の花が見られた事で、ホッと安心感も湧いた。

 だけど、今思えば、それは桜の木々達の最期の輝きだったのだ…


[2001年4月訪問]



 それから…

 あれから約1年が過ぎた。高山方面に行った帰り、太多線に乗車した。下切駅の桜の木がどうなっているか気になり、下切駅到着直前に車窓の外を注視した。そして、列車は下切駅ホームに滑り込んだ。だが…、ホームの呆気無い程、すっきりした光景に我が目を疑った。ここは本当に下切駅なのかと一瞬疑った。だけど、駅名標を見直して、すぐに現実に戻った。ホーム沿いに賑やかに植えられていた桜の木々達は、見事なまでに消え去っていた。やはり、寿命か病気で、もう花を咲かせる事が出来なくなり、残しておいても倒木の危険があり、早々に切り取られたのだろう。

 そして、約1年数ヶ月後の6月、再び下切駅に降り立った。前年に確認した通り、ホーム沿いを賑わしていた桜の木々は無かった。ただ、ホーム盛土の木々が伸びていた場所に、切り株だけが残されていた。地中に伸び切った根まで完全に除去しようとすると、駅のホームそのものも取り壊す必要があるので、残してはいるのだろう。だが、切断面を露に切り株が残されている様は、骸を見ているようで痛々しく、桜の木がかつてはここにあった事を忘れさせてはくれない。失われたものへの無念さを突き付けられながら、切り株を見るしかなかった。

 線路脇の紫陽花をよそに、雨の中、列車待ちの徒然に、見る事が無かった桜がありし日の下切駅の春の風景を想像していた。
〜列車がこの駅に進入すると、車窓は一瞬にして桜色に染まった。この駅に降り立ち、ホーム沿いで咲き乱れた桜に彩られる駅の華やかさに見とれた。優しい風に揺られ、花びらがひらひらと私の足元に舞い落ちた。桜と戯れるように過ごす春の日…〜

[2003年6月訪問](岐阜県可児市)
下切駅(2003年6月)

桜は失われていた…。
桜の木の切り株。

地面には桜の切り株だけが残る。
 
下切駅待合室。

待合室で雨をしのぐ。
雨の下切駅ホーム

雨に濡れるホーム。

Station Photographs‐駅と駅舎の写真館‐(C)solano.