| 青森-大阪間の特急白鳥に乗車し、車窓に広がる日本海と雪景色を眺めている時だった。雪深い林の中を走っていると、突然「女」「鹿」という黒い文字が目の中に飛び込んで来た。ハッとして振り向くと、その文字が書かれた小さくて粗末な建物とプラットホームが後方に飛び去っていく様が見えた。このほんの数秒見たそれらのモノが「女鹿」という駅だという事は瞬時に理解していた。その瞬間まで、こんなちっぽけな駅の存在など全く気にも留めていなかった。もし、少しでも視線が「女」「鹿」の文字から逸れていれば、一生、気にも留めることでなかったであろう…。そんな、ほんの一瞬、視界を掠めただけのこの小さな駅が、なぜか心に焼き付き、いつか訪問してみたいという気持ちが芽生えていた。 そして、2003年の夏の旅で、女鹿駅を訪問する機会を作ろうとした。だが、訪問プラン作成のため、時刻表を開くと、予想外のあまりに不便なダイヤのために困惑した。この区間を走る普通列車の本数はそこそこはあるのだが、女鹿駅に停車する列車は、上りの酒田方面行きが朝の2本、下りの秋田方面行きが午後〜夜の4本しかなく、それら以外の列車は全て通過となっている。いくら女鹿駅訪問が今回の旅の主要な目的の一つとは言え、他の希望との兼ね合いもあるので、かなり悩まされた。 悩んだ挙句、夕方にその日の宿泊地の酒田を下り列車で発って、女鹿駅到着し、約1時間半後の下りで北に数駅行き過ぎた所で、上り列車に乗換え、酒田に戻ってくるというプランを編み出した。 そして、あの瞬間から約2年半後の7月…、遂に女鹿駅に第一歩を標した。 |
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![]() 羽越本線・女鹿駅。ホーム側から見た駅舎。 |
こんな小駅に降り立つのは私だけだろうと思いつつ列車の外に出ると、意外にも中高生位の女の子数人が後に続いた。だが、その子達は、すぐに待合室を通り抜け、駅から居なくなり、私一人だけが残った。 地図によると、海はすぐ側のはずだが、駅の周りは木々の緑に閉ざされた鬱蒼とした空間で、海の「う」の字さえもも想像できない。駅からは、人家らしきものは見えない。列車が行ってしまえば静寂が戻り、自分以外の人の気配は全く感じられない。まるで人が滅多に足を踏み入れない山の中に迷い込んでしまったかのようだ。次の列車が来るまでは否応無く、この駅に居なければいけない。あと1時間程すれば、ここは夜の闇に覆われるだろう…。そんな思いを巡らせていると、さすがに寂しさと不安が心に募った。 降り立った1番ホームに面して、駅舎が建っている。そして、その駅舎の扉の上に、私の目を強く惹いたあの文字が書かれている。CIで駅名標などのデザインや書体などが、小奇麗で洗練されたものに統一されていく傾向があるが、そんな動きに取り残されているかのように、黒い毛筆体で気取る事無く「女鹿」と書かれている所がかえって新鮮でユニークだ。恐らく、国鉄の工事を担当している部署の社員あたりが、駅舎を半紙よろしく、駅舎の壁に直接、筆入れしたのだろう。だが、書き損じたら、半紙のように丸めて捨てるという訳にはいかなく、訂正の手間も掛かる。筆入れの最中は、さぞ緊張したに違いない。 女鹿という文字に続いて、白い四角が三つ続いている。女鹿駅は1962(昭和37)年10月30日に信号所として開設され、旅客駅として開業したのが1987(昭和62)年3月31日と、旅客駅としての歴史は意外と浅い。その事を考えると、元々は「女鹿信号所」と書かれていて、駅に昇格した時に「信」「号」「所」という文字が、白い塗料で塗り潰され、「女鹿」の文字の後に、白い四角が三つ出来たのだろう。 |
![]() 女鹿駅駅舎とホーム。 |
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![]() 古びていて粗末な駅舎内。 |
駅舎内部は古びていて、まるで人に捨てられた後のあばら家のようだ。8畳程度の待合室のみの空間だが、白く塗られた天井は薄汚れ、所々、爛れたようにペンキが剥がれていてる。ストーブの排気管は錆びついたまま、天井から少し伸び出た所で途切れている。ローカル区間の無人駅に多くを求めているつもりは無いが、こんな所で列車を待つのかと思うと、さすがに侘しい気分になり、夜の事をあり不安も募る。 天井の蛍光灯からヒモが垂れているのが目に入った。無人駅でも、夜になると自動で電気が灯る所は多いが、こんなボロ駅じゃあ、もう壊れているか、蛍光灯が切れているんだろうなと思いつつ、ヒモを引っ張ってみた。すると、私の諦めの気分に反し、パッと蛍光灯が光を発した。真っ暗闇の中で怯えながら列車を待つ必要は無さそうだ。 |
![]() 駅舎内に掲げられた時刻表。 |
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![]() 正面から駅舎と駅周辺の風景を見る。 ![]() 駅舎横の… |
駅舎を正面から見ると、駅とは思えない素っ気無さだ。ホーム側にこそ駅名が書かれいたが、正面にはそれさえも記されていない。列車の音がしなければ、ただのボロ小屋と勘違いする人がいてもおかしくはない。 駅舎の真横に、古ぼけた木の扉に閉ざされた部屋があるのに気づいた。もしやこれはトイレの跡なんじゃないかと思い始めた。もし、そうだとしたら、こんな廃れた駅のトイレなんて、ろくに掃除もされなていなくて落しもの≠ェ放置され、蛆虫がウジャウジャ湧いているんじゃないかと恐れをなした。でも、どうなっているか見てみたいという好奇心も否定できない。そして、思い切って木の扉を少し引いて中を覗いてみると、白い和式便器と、その横に外された小用便器が無造作に置かれているのが目に入った。「もう十分!!」と、すぐに扉をバタンと閉めた。 駅の入口から、車1台が通れる幅のアスファルトの道が伸びている。駅舎内から出て、その道を歩み進んでみた。森の中の道と言った雰囲気が続きそうだが、それも1分も歩かない内に、国道が目の前に現れた。一車線づつの道路だが、交通量は多く、自家用車からダンプカーまで、ひっきりなしに行き交う。それでも、すぐ側には人家は見当たらなく、少し離れた所に、集落が見えるのみだ。先程、下車した中高生位の女の子達もあの集落へと帰っていったのだろう。車が途切れた隙を見て、国道を横切った。目の前には畑があり、その先には光薄くどんよりとした日本海が広がっていた。曇り気味の天気であり、夜が近付いているためでもあるのだろう。 |
![]() 国道 号線に出ると、眼前には畑が。畑の向こう側には 海が広がっていた。 |
![]() 国道側から女鹿駅へと通じる道の入口。 「JR女鹿駅 入口」と書かれた看板が木々や雑草 に埋もれている。 |
![]() 遂に夜の闇に覆われた… |
![]() 夜の徒然に、駅ノートに目を通す。 |
![]() 壊れた飲料水用の水道。 ![]() 闇夜の中でじっと列車を待つ。 |
そして、空は刻一刻と暗くなっていく。駅舎横にある唯一の街灯が灯った。この駅で夜を迎えるのを不安がっていたのに、いざその時がやってくると、意外と淡々と受け止めている。確かに人気が無い夜の闇の中で過ごすのは不安だが、粗末ながらも、扉が閉まる駅舎はあるし、電気も通じている。それに、もう数十分もすれば帰りの列車もやってくるという安心感もあるのだろう。それまでの時間の手持ち無沙汰にと、壁にぶら下げてある駅ノートを手に取り目を通した。 列車の到着まで十分を切り、そろそろホームで列車を待とうと、待合室を出た。暗いホームに出て、待合室に振り返ると、蛍光灯が煌々と灯っている事に気づいた。いけない、ここの電気は手動式だったっけと思い出し、電気を消しに待合室に戻った。 電気を消してホームに戻ると、光が失われたホームの暗さにあ然とする。たかが蛍光灯一つを消しただけで、まるで別世界のようだ。 「こんなに暗い所で、列車を待つのか…」 駅の至近は木々ばかりで、人家から漏れて来る光というものは全く無く、駅前の唯一の街灯は、ここまで十分な光をもたらさない。ホームの外れで列車用の赤信号が妖しく灯り、レールは鈍い光を発しながら闇の中に沈むように消えている。暗闇に独り取り残され、「もし列車が来なかったら…」と自分で自分の不安を煽る想像が頭の中に浮かんでいた。 そのうち、遠くからカタンコトンと列車が駆ける音が聞こえてきた。そして、ヘッドライトが見えてき、「ふぅ…」とため息を漏らしていると、それは直ぐに強烈な光線となり、まるで攻撃するかのように私を照らし、思わず手で目を覆ってしまった。ヘッドライトは、暗闇に慣らされてしまった目には、かなり強烈な光だった。 [2003年7月訪問](山形県飽海郡遊佐町) |
| Station Photographs-駅と駅舎の写真館- (C)solano. |