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下灘駅(JR四国・予讃線) 駅構内の駅舎横に。池周りに配された石が無ければ、見落としそうな程、どくだみや色々な草で見事なまでに埋もれていた。小さな石の灯篭(画面中央左寄り)、伸び出る松の木も置かれ、ささやかながらも、日本庭園風の空間だったのだろう。駅にこんなモノがあるのが面白く、なおかつ不思議に思いながらシャッターを切った。 [2002年7月訪問] 当サイト関連ページ;下灘駅訪問記 |
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そして再訪… 駅に興味を持ち色々な駅をあれこれ観察するようになった。そして、駅巡りで時々目にする事があった枯池に興味を持つようになった。何故、鉄道輸送に全く不要なこのような物が、わざわざ造られ駅にあるのかが不思議だった。そして、丹念に作られたであろう池や庭園が、水が枯れ廃れたまま残されている様にも魅かれていた。その原点は、今思えば下灘駅のこの枯池だったのだ。 その原点にもう一度触れてみたかった。興味を持ち始めた初期よりもじっくりと鑑賞するようになっていたので、新たな発見もあるかもしれないし、下灘駅を撮影したフィルムを失くしたので、撮り直したかったという理由もあった。前回が夏で草がぼうぼうに生えていたので、違う面から観察するにはそうでない時季がいいと考えていた。 そして3月に訪問すると、想像していたのと全然違っていた。思ったより広く奥行きがり、存在感がある池だったに違いない。島式のホームの駅舎側は今では埋められているが、このホームが現役だった頃、レールを隔てホームで列車を待つ乗客の目を引き付けたのだろう。前回訪問時と大きな変化は無いようだが、うねるように伸びていた松が無くなってるのに気づいた。 |
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待合室からも枯池は望める。池に水があった頃は 瀬戸内海を借景にした日本庭園がこの待合室から望め、駅を利用する人々はこの唯一無二の駅風景に思わず見入ってしまったのだろう。 しかし、この池を設置した人はどこまで計算してこの位置に池を配したのだろうか?何も考えなくただ単に、待合室の横が空いていたからか…、待合室に居る乗客の目を楽しませる・・・、それとも瀬戸内海を借景にする事まで計算に入れいていたのか…? |
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金網で仕切られているものの、駅敷地外の駅前の道からも枯池を見る事が出来る。ホームから、待合室から、駅の外からと3方向から枯池を眺める事ができる。 下灘駅と言えば、ホームから瀬戸内海を望める風光明媚な駅として有名で、青春18きっぷPRポスターに3回も採り上げられ、最多登場回数を誇っている。今度は駅名標と海をバックにした枯池の風景が18きっぷのポスターに採用される!…訳ないか(笑) [2008年3月訪問] |
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坪尻駅(JR四国・土讃) 四国随一の秘境駅として名高い駅。スイッチバック駅としても有名。山間の緑深い所にある駅で、至近にある建物は、人家1軒だけで、そこも朽ちた廃屋…。駅からの道もおぼつかなく、まるでここだけが閉ざされた世界かのようだ。 枯池は、ホーム側の駅舎横にあった。まるでこの駅の風景の縮図みたいに、成長した草木に埋もれ切っていた。その中から、鉄の塔のようなオブジェがにょきりと延びていた。もうすっかり錆び付いているが、レトロさを漂わすデザインで、こんなハイカラなものが、こんな山深い所にあったんだもんだ。上の方が花が開いたように、少し広がっていた。かつてはそこに水を湛え、下の池に水が流れ落ちていたのだろうか…、この駅の昔の様子共々、この池の昔の姿を頭の中に浮かべていた。 [2005年6月] 車窓から 2008年春、土讃線の上り普通列車に乗っていた。残念ながらこの列車は坪尻駅には停まらない。だが、私は車窓の左側を注視した。枯池がどうなっているか確かめたいからだ。 やがて車窓左下に坪尻駅の駅舎が見え、さらに目を凝らすと、くっきりと枯池が見え、あの鉄のオブジェが見えた。冬が終わったばかりで木々の茂り具合もさほどではなく、一瞬ではあるが枯池を見る事が出来た。 |
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箸蔵駅(JR四国・土讃線) 駅出入口の直ぐ横に。水は一応あったものの、濁っていて、枯葉やゴミが浮いたままで、雨水が溜まっただけという感じだった。池は大きな池と小さな池が水路で繋がるちょっと凝った構造で、水路の部分に大小の橋が2つ掛けられていた。ネズミ以下の小さな動物でなければ渡れない大きさだ。何か金属っぽい素材で、欄干は針金か何かを赤く塗ったものと素っ気無く、廃材か余剰の素材でこしらえた物と言った感じがする。もうちょっと洒落たものか、木造っぽい風流なものだったらよかったのに…。でも、もう虚しく干上り、何の価値も無い池に、このような飾りを付けるのは、この池への…、いや、駅への愛着の表れなのではと思えてきた。 [2005年6月訪問] |
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堀江駅(JR四国・予讃線) かつての仁堀連絡船を偲ぶように、呉の阿賀港からフェリーに乗り堀江港に到着。港から徒歩約5分で堀江駅だ。1番ホームで松山行きの列車を待っていると、反対の2番ホームに枯池があるのを発見。列車の時間が迫る中、跨線橋をダッシュし、枯れ池の前に立った。完全に夜になっていて、フィルムカメラなら三脚を構えなければいけない状況だ。しかし、手にしているカメラは買って間もないデジタル一眼レフのPENTAX K10D。カメラのISO感度を最高の1600に設定し、絞りを開け気味にしてカメラを構え素早くシャッターを切った。 [2006年12月訪問] |
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池谷駅(JR四国・高徳線、鳴門線) この駅はちょうど高徳線と鳴門線の分岐線上にあり、両線のホームは別々にV字状にレイアウトされている。その内側に、駅舎があり、ホームと駅舎は跨線橋で結ばれていた。駅舎改札内の跨線橋へと向かう通路の脇に、大きな枯池が残されていた。結構大きめで、露天風呂を思わす。池の中には、地元の伝統工芸・大谷焼の睡蓮鉢や壷が置かれ郷土色も豊かで、見ていて楽しい。かつては鉢の中に睡蓮が咲いたのだろうか…。余裕ある空間を優雅に活用していて、水が張られていた頃は、駅の中にあるとは思えない庭園のような空間だったのだろう。 |
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池の奥の方に祠があり、その横に狸が鎮座している。この狸にはただの置物ではなく、「段四郎大明神」と呼ばれ、池谷駅にとても縁が深いものだ。駅が出来た頃、不吉なことが続き伺った所、この地は段四郎という総領狸が棲んでいたが、駅の新設でその住家を奪われたので人に祟っているという。しかし、 お祀りしてあげれば 交通安全 家内安全 商売繁盛 に利益をあげるであろうとの宣託があったので祠を作ったとの説明書があった。末尾に看板の設置者と思われる「阿波狸奉賛会」という会の名前が書かれている。徳島県は狸の国と言われるほど、狸にまつわる民話が多い所で、毎年11月上旬には「阿波の狸祭り」が開催されている。 |
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池の縁に大谷焼の巨大な壷が傾け飾られていた。壷の口は池の方に向いていて、口の下には睡蓮鉢が置かれていた。きっと壷の中に水道が仕掛けられ、壷から鉢に水が注がれ、鉢から溢れ出た水が池の中を満たした…。だが、池が枯れた今、鉢の中には腐った雨水が虚しく溜まっていた。 |
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池の中にはキラリと光るものが。よく見ると鉢の底に、硬貨が何枚か投げ入れられていた。段四郎大明神に、ご利益を願ってのものだろう。しかし、かつては美しかったであろうこの廃れた池を見て、段四郎大明神にとって、住み心地はいいのだろうか…? [2005年6月訪問](徳島県鳴門市) |
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阿波大宮駅(JR四国・高徳線) 香川県との県境付近の駅で、一日の利用客は20人程度とひっそりとした駅。 駅舎側ホームに枯池が残されていたが、あまりにホームの縁のぎりぎりの位置にあり、柵で仕切られ乗降客が立ち入りできない所にあるので、元々、業務用のスペースだったのだろう。 [2005年6月訪問](徳島県板野郡板野町) |
| Station Photographs‐駅と駅舎の写真館‐ (C)solano. |