![]() 三津駅。古色蒼然とし、アール・ヌーヴォ調の曲線 がハイカラさを醸し出すレトロな洋風木造駅舎。 |
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| 初訪問(2002年7月) 小倉から船で松山観光港に入り、高浜駅、梅津寺駅を見て、早朝の7時前に三津駅で下車した。駅舎を正面から見ると、一際、印象的なのが、正面の入り口上に描くように組み入れられたアール・ヌーヴォ調の曲線の木材だ。駅の古さは隠せないものの、大胆にも、このような洒落たデザインを取り入れているため、モダンでレトロな雰囲気が漂う。このアール・ヌーヴォ調の曲線が有るのと無いのでは、駅舎の雰囲気は180度違っていただろう。この優雅な曲線は、2年前ベルギー・アントワープの「コーヘルス・オジレイ通り」で見たレトロな建物群を思い起こさせる。伊予鉄道のサイトによると、この駅舎は昭和初期の築との事。 三津駅は1895(明治21)年の開業時には三津浜駅といい、松山の海の玄関であった三津浜港の連絡駅の役割を果たしていた。夏目漱石も1895(明治28)年に、この港に降り立ち、三津浜駅から「マッチ箱のような列車」に乗り松山市街に向ったという。 |
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![]() アール・ヌーヴォ調の曲線が際立つ。 |
しかし、伊予鉄道が高浜港を開港し、1892(明治25)年に高浜線が全通すると、高浜港へ連絡させた。これに対抗し、三津浜港の関係者達が1911(明治44年)松山電気軌道を開業し、三津浜港へと連絡させた。松山の海の玄関口の座を掛けて、三津浜港と高浜港、そして両線は熾烈な争いを繰り広げたという。1921(大正10)年に伊予鉄道が松山電気軌道を合併、後に併行区間を廃止した。現在、三津浜港は瀬戸内海航路が何線か就航するのみとなった。それに対し、高浜港は今では近隣の島々への航路が就航するのみだが、高浜港の後を受け、約1km離れた所に開港した松山観光港には、各地からの大型フェリーも就航する。高浜線は今でも松山の海の玄関口への連絡線で、高浜駅からは連絡バスも運転される。三津浜港側とは明暗を分けたと言えるだろう。 |
![]() 売店跡らしき小屋。 |
駅前には自転車が所狭しと並べられている。駅舎の向って左に、自動販売機と自転車の陰に隠れるような小さな木造の小屋がある。変哲の無い小屋で、窓らしき所が板で塞がれていて、たぶん元売店なのだろうが、駅舎と違和感なく溶け込むように佇み、こちらも懐かしさが漂う、いい味を醸し出している。通勤通学時間帯が近付き、人の出入りが徐々に多くなっていく。三津駅が、ただ歴史があり、古いだけでなく、人の息吹を身に受け活気付くのは頼もしい。このまま末永く変わらぬままでいて欲しいものだ。 待合室に戻ると、駅員さんが水を撒いた後で、コンクリートの床一面が濡れていた。外から強く射し込む朝日が床を眩しく照らし、濡れた床面に影を黒く刻む。今日も暑い1日が始まった。 [2002年7月訪問] |
![]() 待合室。打ち水で濡れた床が、朝日に照らされ キラキラと輝く。 |
![]() 三津駅ホーム。朝7時頃の様子。 |
![]() 三津浜港。待合所と防予汽船の船着場。 |
再訪〜三津浜港から…〜(2005年5月) 瀬戸大橋などの架橋や、そこを渡る鉄道やバス、空路など、四国への交通手段はバラエティに富み、便利になってきている。しかし、四国への旅は、最低片道だけは、やはり船で瀬戸内海を渡りたい。 そう思い、寝台特急「はやぶさ・富士」号で名古屋を発ち、朝に柳井駅から一駅戻り、柳井港駅で降りた。文字通り柳井港の前にある駅で、柳井港からは防予汽船の三津浜行きのフェリーが発着している。 2時間の船旅を楽しみ岸壁が近付いてくると、規模の小ささに驚かされる。かつてのライバル、松山観光港は、最新の空港かと見紛うばかりの規模や建物なのに、三津浜港は、小さな町の船着場と言った感じだ。鉄道風に例えるなら、片や、何本もの長いホームと、立派な駅ビルを持つターミナル駅で、片や、交換設備のあるローカル線の有人駅といった感じだ。 船内は空いていて、パラパラと乗船客が降り、車数台が船から出てきた。乗ってきた船は、新たに乗船客や車を乗せると、休む間もなく、汽笛を響かせ岸壁から離れていった。 |
![]() 商店街を歩き、駅前に差し掛かると、 見覚えのある駅舎の姿が… |
地図を片手に三津駅に向かって歩き出した。道は比較的単純で、商店街に差し掛かり、左に曲がり、あとは真っ直ぐ行くと三津駅に行けるようだ。 商店街と思われる道に差し掛かったが、多くの店がシャッターを下ろしている。いくら日曜日とは言え、建物は色褪せてくたびれ、店名の表記が無かったり、消えかかっているものも多く、活気を感じられない。地図では商店街を「アーケード街」としているが、アーケードは見当たらなく、撤去されたのかも知れない。「この道で合っているのだろうけど…」と、半信半疑のまま歩みを進めると、道の突き当たりのはるか奥で、見覚えのある三角屋根と、そこに描かれた曲線があるのを、かすかではあるが認識した。その姿は、歩みを進める毎にはっきりとしてきた。近付けば近付くほど、駅の持つオーラが迫り、早く見たいという気持ちが高まり、歩みが早くなる。 |
![]() 再び三津駅の前に立つ。滲み出る風格にしばし圧倒される。何度見ても素晴らしい。 |
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![]() アール・ヌーヴォ調の曲線も健在。 |
そして、三津駅の目の前に立った。ボロと言っても差し支えのない程、かなり古び、大掛かりな改修は施されていないだろう事が推察できる。でも、その古さにも関わらず、現役の駅として、アール・ヌーヴォ調の大きな曲線をその身に湛えながら凛として建つ姿は、時代を生き抜いてきた者だけが身につけた風格を漂わせ、凄みさえ感じさせる。「お前、久し振りだけど、まだこんなに堂々と立っているなんて凄いなぁ」と、まるで何十年振りに会った友に語りかけるかのような感慨を覚えた。 前回の訪問でも、確かに印象に残る駅舎だったが、これ程までに感じていただろうか…?記憶が薄れたのかも知れないし、駅巡りの旅を何度もしている内に、駅舎に対する接し方が変っていったのかもしれない。 |
![]() 駅前のたばこ屋もレトロな雰囲気。三津駅と ともに、長い年月を過ごしてきたのだろう。 |
いつまでも駅を愛でていたいが、キリが無いので、惜しみつつ駅前で客待ちをするタクシーに乗りこんだ。そして、運転手さんに「JRの伊予和気駅まで…」と告げた。今回、数年前に訪れたばかりの三津駅を再訪したのは、三津駅自体の魅力はもちろんあったが、伊予和気駅を見る前に、改めて三津駅を見ておくのも悪くないなと思ったからだった。 (そう思った理由は・・・、当サイト・駅紀行内の 「伊予和気駅」のページをご覧下さい。) (愛媛県松山市) |
| Station Photographs−駅と駅舎の写真館− (C)solano. |