![]() 川平駅。木造駅舎で、ホーム側も雰囲気がある。 |
三江線は山陽と山陰を結ぶ鉄路、陰陽連絡線の路線群の中で、国鉄時代に全通した路線としては最後発のため、新しい路線で、古い駅舎はほとんど無いだろうと想像していた。だけど、1963(昭和38)年までに、最後の浜原−口羽間を残して開通していたので、意外と古い駅舎は残っているのだ。川平駅を含む、石見江津(現;江津)−川戸間は、1930(昭和5)年4月に開業した三江線第1期の開業区間だ。その区間に、川平駅はある。 駅に到着すると、早速、猫に出迎えられる。駅に住み付いている猫かどうかは知らないが、かなり人馴れしていて、ニャーニャーと鳴きながら、下車客に擦り寄っている。暫くは、下車してきたおばさんに相手をしてもらっていたが、そのおばさんが居なくなると、駅に一人残った私に愛想を振りはじめた。猫はあまり好きでないので、よしよしと言いながら、猫から距離を置く。 かつては行き違いが可能な駅だったが、反対側ホームのレールは撤去され、跨線橋の階段は大きな板で塞がれていた。だけど、反対ホームの脇には、そこらへんで拾ったような石やブロックで、手製の階段が作られていた。無人駅ゆえに正規の出入り口の無い反対ホームから駅に出入りしていた人もいたのだろう。そんな人々にとって、跨線橋の閉鎖は不便だ。そして、楽に利用できるようにと、考え工夫したのだろう。不便を強いられた人々のささやかな対抗策に、ニヤリとする。 閉鎖された反対ホームに向かおうと、その階段を上ってみた。粗末な造りの割に結構しっかりしていて、大きなガタつきも無く上る事が出来た。反対ホームを歩いていると、先ほどの猫が1番ホームをウロウロと歩いている。冗談半分で、猫に向かって口笛を吹いてみると、何と、ホームから飛び降り、道床を横切り、ホームの高さをものともせず、ひとっ飛びし、私の下までやってきた。う〜ん、まさかやってくるとは…。悪いなと思い、お義理程度に相手をすると、すぐに猫から離れた。 |
![]() 閉鎖された反対側ホームに、手製の階段が…。 |
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![]() 川平駅駅舎前景。木造駅舎にしては大きな方。 ![]() 車寄せとその周辺。 |
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| 川平駅は江津市の端の方にあり、緑に囲まれた静かな集落の中に駅はある。だが、駅舎はまるで市の主要駅のような、堂々とした大柄な木造駅舎だ。そんな駅舎に、青い瓦屋根が不思議と映える。さすが、昔は鉄道が陸の王者と称されただけの事はあると思ったが、後で調べると、元々は川平は川平村という村だったようだ。昭和の大合併が推進中の1954(昭和29)年、江津町、川平村など、周辺の9町村が合併して、江津市として市制がしかれたとの事だ。この事から察するに、川平駅はかつての川平村の中心駅だったのだろう。そう想像すると、市の端の緑豊かな静かな地に、堂々とした駅舎があるのも理解できる。(※) 駅舎は大き目でも、駅事務室に半分以上のスペースを取られている。中を覗こうとしても、カーテンで閉じられ、中がどうなっているか窺い知る事は出来ない。待合室部分は、そんなに広くは無いが、上部に採光窓がずらりと並ぶ様は壮観で、この分、天井が高く、ややゆったりとした室内となっている。かつての出札口跡と、それより一段低い鉄道小荷物の窓口跡はショーケースのように綺麗に改装され、内部には川平近辺の写真が展示されていた。その前のカウンターには、先ほどの猫が足を投げ出し寝転がっている。ついさっきまでは甘えるように擦り寄ってきたのだが、つれない私に愛想を尽かしたらしい。「反対ホームまで呼んだ癖に!」と言いたい気分なのだろう。近寄っても、もう私には無反応でゴロゴロと寝転がっているだけだった。 [2004年8月訪問](島根県江津市) ⇒第2回目川平駅訪問;桜満開の季節 ※注;2004年の10月に、江津市東隣にあった桜江町が、江津市と合併したため、現在、川平駅は江津市の端と言える位置にあるとは言えません。 |
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![]() 駅前には打ち棄てられた池が残る。 |
![]() 待合室内部。採光窓が並ぶ様は壮観。 |
![]() 窓口だった所はギャラリー風に改装された。 |
![]() 窓口の照明の棒が優美なカーブを描いていた。 しかし、もう長い事使われていないようだ・・・ |
![]() 猫が窓口跡でのんびりと昼寝…。 |
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| Station Photographs‐駅と駅舎の写真館‐(C)solano. |